&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);私はルクセンブルク家初代当主、コンラート・フォン・リュクセンブルク
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);しがないドイツの地方公爵をやっている
#ref(コンラート能力.PNG,nolink)

&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);さてまずは現状確認から行こうか
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);・・・
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);・・・
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);・・・
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);何この沈黙
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);いや、1プロヴィ国家の行く末を案じてみた
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);早ッ!
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);ところでなんでルクセンブルク公爵なのに姓はリュクセンブルクなんだ?
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);わしに聞かれてもねぇ・・・
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);一言で言うならCFの思考は複雑怪奇
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);まったくもって謎だな


&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);さて現状確認をしようか

#ref(神聖ローマ.png,nolink)

&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);うす緑色のところが神聖ローマ王国(ドイツ・ブルグンド・イタリア王)の圏内だな
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);ちなみにやや濃い緑色のプロヴィンスがわしの治めるルクセンブルクだ

&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);神聖ローマ諸侯には違いないけどスワビア公爵家とか上下ロレーヌ公爵家と比べると見劣りすることはなはだしいな
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);おまけに神聖ローマ王国とフランス王国の間に挟まれてるし・・・
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);1プロヴィでも公爵は公爵なんだがね
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);ふむ・・・ところで家族関係はどうなってる?
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);未婚の弟が一人と成人前の甥が一人いる
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);さびしい家系だなぁ
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);嫁なし封臣なしクレームなしのないない尽くしのスタートだな
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);跡継ぎがいるだけましと考えようよ!
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);そりゃまぁそうだが


&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);さてゲームを始めたんだが・・・
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);どうすればいい?
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);とりあえず嫁を見つけてきたぞ
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);(弟のほうに
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);ちょ・・・わしも嫁さんもらって子作りに励みたいんだが
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);まぁ待て 果報は寝て待てというじゃないか
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);仕方ないから不貞寝でもしていようかね?
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);健康のために狩でもして来い!

~
~
~

&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);平和だなぁ
#ref(暗殺1.PNG,nolink)
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);平和だねぇ
#ref(暗殺2.PNG,nolink)
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);まぁ神聖ローマ王国の内乱に関与していないだけだけどな
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);うちの国力じゃ秒殺されちゃうから仕方ないんだって
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);そうそう、お前に縁談もって来たぞ
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);mjd? 相手は?
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);フランダース公爵の一人娘、アニエス・フランドル嬢だ
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);手回しがいいなぁ



----

ルクセンブルク侯爵家は神聖ローマ王国(当主が帝冠を受けてないためこう表記する)の一小公爵家に過ぎなかった。しかしながら、当主、コンラート・ルクセンブルクが当時北イタリアに並んで栄えていたフランドル地方を治めるフランドル家の一人娘、アニエス・フランドルを嫁にもらったことから大きな転機を迎えることになるのは後世の史家の多くが認めるところである。
夭折した兄弟と同じく体の弱かった彼女は、嫁いで10年を過ごさずに他界してしまったが、彼女が残した三男一女の子供たちは後々ルクセンブルク宗家の支柱となり、また欧州に広がる各ルクセンブルク分家の祖となった。
平和を好むコンラート・ルクセンブルク公爵にとって内乱の続く神聖ローマ王国は非常に過ごしにくい場所であったらしく。たびたび神聖ローマ王からの出兵要請を断り疎んじられたために、岳父たるフランダース公爵が仕えるフランス王国へと主を変えることになった。
フランス王国内でのコンラート・ルクセンブルクは狩りこそ好むものの、争いごとを嫌う温和な人柄で王からの覚えもよかったようである。もっともそれは毒にも薬にもならない王にとって安全な諸侯として見られていた一面もあったようだ。それは晩年破門されたヴェネッツィア共和国執政を討伐するさいに一兵も出さなかったにもかかわらずに旧ヴェネッツィア共和国領の統治を一任されたことにも現れているように思われる。

#ref(ヴェネッツィア攻略.PNG,nolink)

----

&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);6男2女の子宝にも恵まれたし、領土も増えた・・・
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);やれるだけのことはやった
&ref(獅子の王国/元帥.PNG,nolink);・・・(施設建ててただけじゃないか
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);もはや思い残すことはない
&ref(獅子の王国/コンラート.png,nolink);後は・・・任せたぞ

ルクセンブルク家初代当主コンラート・ルクセンブルク死去。享年55歳であった。
[[獅子の王国]]へ戻る

[[獅子の王国 二代目 建国王フリードリヒ・フォン・ルクセンブルク]]に進む

トップ   差分 バックアップ リロード   一覧 検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS