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*アンドロニコス3世が語る [#o7a58468]

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俺はローマ皇帝[[アンドロニコス:http://en.wikipedia.org/wiki/Andronikos_III_Palaiologos]]。
[[パレオロゴス家:http://en.wikipedia.org/wiki/Byzantium_under_the_Palaiologoi]]のヴァシレフスとしては4代目になる。

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テサロニケ公[[ヨアネス・カンタクゼノス:http://en.wikipedia.org/wiki/John_VI_Kantakuzenos]]は旧友にして戦友だ。
彼の助けなくしては祖父アンドロニコス2世に対する叛逆は成功しなかっただろう。
俺を皇帝にしたのはヨアネスだと言っていい。

俺はヨアネスの武勇を愛し、ヨアネスの知謀を信頼している。

#ref(empire1337a.jpg,nolink)
俺とヨアネスはアナトリアでトルコ人と戦った。
そして敗れた。
帝国は海峡以東すなわち全アジアをついに喪失し、
エーゲ海の狭い岸辺だけが我が手に残された。

北からはブルガール、セルビアといったスラブの王侯が圧力をかけてくる。
北からはブルガール、セルビアといった蛮夷の王侯が圧力をかけてくる。
彼らもかつては帝国の守護者であったのだ。
はるか昔より野蛮地との国境であったドナウ河も、今は遠い。

[[ラテン人と、いまだにその簒奪をこうむり続ける帝国領土:http://en.wikipedia.org/wiki/Latin_empire]]については述べたくない。
怒りで筆先が震える。

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帝国11州のうち8州がカンタクゼノス家のものだ。
俺の領土はわずかに2州。
だが俺はヨアネスを信頼している。

#ref(empire1337c.jpg,nolink)
財務長官が報告する収入は月々27.7万ノミスマ。
各軍管区からの上納金が10.8万ノミスマ、
パレオロゴス家領からの収入が11.1万ノミスマ、
人頭税と商業税で5.8万ノミスマという内訳だ。

そのうち22.2万ノミスマの金貨が各教区に支払われる。
坊主どもの給料、そして主教連中の莫大な遊興費だ。
またヴェネツィアやジェノヴァの商人たちは過去の約款により
帝国内にてほぼ無税(1.1万ノミスマ)で荒稼ぎできることになっている。
いずれも俺には手が出せない。

さて、俺とヨアネスは帝国の未来について語らったあげく
ひとつの結論に達した。

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フレグのモンゴル人帝国が崩壊してこのかた、
アナトリアはトルコの土王たちによって支配されている。
そのうちで最も強力かつ危険なのが海峡の向こうを押さえるオスマン家だ。

一部の貴族はオルハン・オスマンとの同盟を勧めるが俺は耳を貸さない。
奴らは強力すぎるし、危険すぎる。
オスマン家とは遠くない将来、刃を交えることになるだろう。

#ref(4beys.jpg,nolink)
俺が注目するのはエーゲ東岸を支配する4人の土侯だ。
彼らは王を名乗っているがそれぞれ1州しか領しておらず、
しかも互いに同盟関係にある。

ここを獲る。
小さな土侯国を押し潰し、地力をつけて、それからひといきにオスマンをやる。
これでアナトリアの半分が戻る。
後の半分は熟れた果実のように我が手に転がり落ちてくるだろう。

ヨアネスはしばらく渋ったのち、
テサロニケとアドリアノポリスの2つの軍管区から兵5800を提供してくれた。
皇帝領の兵3800を越える大部隊であり、彼の誠意の表れだ。
俺はいつでもヨアネスを信頼している。

1337年に始まったいくさは順調に進み、
翌年にはエーゲ東岸を奪還することに成功した。
これらはいずれもキリスト教を信ずる帝国臣民の住む地である。
ただし、エフェソスは取りこぼした。
強力なペルシア君侯国との同盟が足かせになった。

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さらに1341年、俺はラテン貴族オルシーニが領するエピロス公国を臣従させた。
ラテン人ごときから臣従礼を受けるのは気が進まないが、
土を血であがなわなくてすむならそれに越したことはない。

俺はトルコ人との戦いで負った傷を膿ませてしまい、
まだ40代なのにまともに歩けないようになっていた。

#ref(empire1341.jpg,nolink)
 1341年、帝国領土
 このあとアドリア海に面したエピロス公領が帝国に加わる

こうして少なくない領土が皇帝の紫色に染まった。
俺は帝国を譲り渡すべき後継者たちについて考え始めていた。

#ref(ioannes.jpg,nolink)
俺の長男ヨアネスだ。
成人と同時にペロポネソスすなわちモレアス専制公位を与える。
即位すれば[[ヨアネス5世:http://en.wikipedia.org/wiki/John_V_Palaiologos]]を名乗ることになる。

#ref(michael.jpg,nolink)
次男ミカエルだ。
帝国の慣習として、第一のみならず第二後継者も専制公の爵位を受けることになっている。
ミカエルにはトラキアの公位を与えようと俺は考えていた。

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俺の妻、皇妃アンナ・パレオロギナはヨアネスを溺愛していた。
一方、俺はミカエルを依怙贔屓した。

双方ともに単純な理由だ。
ヨアネスには妻の実家サヴォア家の面影が色濃く出ていたし、
ミカエルはパレオロゴスの顔をしていたからだ。

ロードスでトルコ人と戦っていたサヴォア家は帝国に色目を使う必要があった。
アンナは質草にされたようなもので、俺との仲はあまり良くなかった。
ブルガールの野蛮王イヴァンが長女エイレーネーを求めてきたとき、
俺とアンナの対立は頂点に達した。

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 ブルガール王イヴァン・アレクサンデル・シシュマン

俺は反対した。
アンナはエイレーネーを差し出すよう主張した。
帝国の生命はブルガール王が握っているのだからと。
貴方の親友カンタクゼノスもスラブ人と縁組することで
和平をあがなっているではないかと。

俺は妻を罵倒した。ラテンの雌豚め、と。
自分が売られたからといって娘を売りに出すのはやめろとも言った。

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 アンドロニコス3世はエイレーネーを
 カンタクゼノス家の長男テオドロスに嫁がせるつもりだったという

アンナは俺に黙ってエイレーネーをブルガール王に差し出した。
俺は狂乱した。
その日から俺は妻と長男のサヴォア顔を見るたびに吐き気を催すようになった。

俺が我が子ヨアネスを殺害したのは1344年3月、春の大斎が始まってすぐのことだ。
アンナはブラケルナエ宮殿の一室に押し込めた。

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主は俺をお赦しにならなかった。
そのあとすぐに俺の傷はひどく膿み始め、今も高熱が続いている。

俺の命も長くない。
我が友ヨアネス・カンタクゼノスをここへ呼ばせた。
ミカエルを頼む、帝国を頼むと彼に言おう。

俺はヨアネスを心の底から信頼しているのだ。(終)


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