[[Von Schwaben]] **スワビア及びバーデン公ヘンリク(1154~1163) [#qcb6b604] ヘンリクは虐殺公とも呼ばれる。 その名のとおり、ホーエンツォレルン家のためなら血を流すことをためらわなかったからである。 彼は30歳との時に即位した。彼はポーランド人であった。 彼の最初の事業は、妻の暗殺であった。 #ref(02.妻暗殺.JPG,nolink) ある日、彼はフランス王座の継承順位を聞いた。それによると彼の一族の一人が4番目にきているというのだ。 #ref(03.フランス王座へ.JPG,nolink) ヘンリク「善は急げともいう。」 #ref(04.虐殺.JPG,nolink) と、まず4人の幼児を殺害した。よいことはすべて成功した子であり、悪いことはその3つの事件すべてが露見してしまったのだ。 ヘンリク「もう、いいよね。」 #ref(05.王座ダッシュ!.JPG,nolink) さらに王そのものも暗殺し、ホーエンツォレルン朝フランス王国を成立させたのだ。 とはいえ、王はまだ0歳。フランスはこの後、音を立てて崩壊することとなる。 #ref(06...とはいえ.JPG,nolink) 1160年、ヘンリクは前代の残したシチリア征服事業を再開し、その年の内に成功に終わらせると言う快挙を成し遂げる。 彼はシチリア公爵位を創設し、封臣であり一族のトラバニ伯ロタルにこれを譲渡する。 この間に、ヘンリクは金貸しから金を大量に借りたことにより破門された。 1163年、シチリア公爵ロタルはシチリア王国の成立を宣言した。 #ref(07.いつの間に・・・.JPG,nolink) こうして、3つ目のホーエンツォレルン王国が成立した。 しかし、ヘンリク率いる公国はその終焉を迎えようとしていた。 東のボヘミア王、親戚でもあるドイツ王から宣戦を布告されたのだ。 このときヘンリクの領内は、極端な貧困にあえいでいた。 スワビア公国は伝統的に嫡男以外は領土をもてないのだ。 襲い来るボヘミア軍1万を相手に守備部隊は200という有様だったという。 こうして、ホーエンツォレルン本家は壊滅し、その領土はドイツ王の物となった。 初代フリードリヒが即位してから79年目の事であった。 ***ホーエンツォレルン後史 [#h1ead672] しかし、これはホーエンツォレルン家そのものの壊滅を意味しなかった。 1337年11月1日、立ち直りつつあったフランス王国の宮廷にドイツ王国フリードリヒ・ホーエンツォレルン3世から挑戦状がたたきつけられた。 その前年、フランス王家はホーエンツォレルン家からブルボン家に移っていたのだがフリードリヒ3世はこれをよしとせず、王位の座を請求したのである。 この日をもって、1453年10月19日のオルレアン陥落までの116年間の交戦状態である独仏百年戦争が勃発したとされている。 現在では百年戦争、それに伴う第2フランク王国成立の遠因を作った人物として、ヘンリクは記憶されている。 現在では百年戦争、それの終結に伴う第2フランク王国成立の遠因を作った人物として、ヘンリクは記憶されている。 **あとがき [#w52c4465] BBRあがりすぎてつぶされました。 Hoi2ではドイツ以外ではBBRあげてそんなに宣戦布告されないのでCKでも大丈夫かなーとおもったら駄目でした。 最後の後史はただの妄想ですね、はい。 次はブルボン家に挑戦してみようと思います。 それと、今回使用したMODをおいておきます。ロタンギア・シチリア・グラナダ・ルーマニア・アルガルヴェ・オクシタニア・キプロス・トランスウラル・トランスオクシアナ、そしてアルバニア王位が追加されます。若干、あまりにも成立させやすすぎる王号がありますが気にしないでください。 [[王号追加調整MOD:http://hayasoft.com/hiko/paradox/other/source/up2446.rar]] [[Von Schwaben]]