フランスの有力諸侯の一つ、ブルゴーニュ公国。
時のフランス王家カペー家の傍系ブルゴーニュ家が治めておられました。
そのブルゴーニュ家当主、アンリ・ド・ブルゴーニュは五人の男子に恵まれ、それぞれに領地を授けました。
長男のユーグにはシャロレー伯を
次男のウードにはシャロン伯を
早世した三男ロベールの代わりに四男ルノーがヌヴェール伯を継ぎました。
しかし末子のアンリにだけ、与えられる領地は公にはなかったのです。そう、”公には”。
1081年の雪がまだ積もる1月の時でした。
ヌヴェール宮廷への留学を終えたアンリはすぐさま父親が城を構えていたディジョンへ赴き、
別れの挨拶をすると彼の目指す新天地、イベリアへ出発しました。
故郷から離れ、ピレネーを越えて、ドウロ川が見えてきた頃には既に3月を迎えていた。
川を越えた先に彼の前に姿を現したのは連なる丘の真ん中に建つ都市、ポルトである。
その地を治めていたのは"妻殺し"のヌーノ。戦上手のアンリは彼に召し抱えられ、レコンキスタに身を投じる。